有 刺 鉄 線 に

 囚 わ れ た 
 の 葬 列。








 部屋に先についてしまったのは初めてで身の置き場に困った。
 どうしたものかと戸惑いながら、畳の真ん中に座るが、酷く居たたまれない。
 これから行われる、すでに習慣化しつつある行為を思うと、どうしてこんな事になってしまったのかと暗澹たる気持ちになる。
 最初はまったくもって瑣末なことだった。隊長の外出が多すぎて仕事がはかどらない。いつもと一ミリも変わらない自分のお小言。それが――

「そういう街には仕事が終わってから出向いて下さい」
「だってさぁ〜。ボクが行かないと女の子泣いちゃうからさー。知ってる?あの世界で客数って、あの子達の死活問題なんだよ。指名の客が減るとご飯食べさせてもらえなかったりしてさー。っていうか行かないとボクが死んじゃう。男の子だもん」

 隊長に悪気はなかっただろう。いつものおふざけ。

 馬鹿だったのは自分。
 何故あんなことを。思い出しただけで本気で壁に頭を打ちつけたくなる。

「つまり、隊長の欲求を処理してさしあげれば大方の問題は無い訳ですね。」

 自分でも冷ややかだと思う声だった。
 積もり積もった不満を静かに蓄えていた火山が爆発したとでもいうべきか。

 きょとんとして、「え?」と聞き返した京楽に、七緒はいきなり飛びつくようにキスをした。

 あてつけだと思った。
 わかりやすいと言われる自分の想いを聡い彼が気づかない筈がなかった。
 それにも関わらず、首筋の赤い鬱血、執務中に連発する欠伸、夜の緊急連絡で捕まることの少なさ。
 そんなに自分をうっとおしいと思うならはっきりと拒絶すれば良い。
 こんなのは生殺しだ。けれどはっきり拒絶されたら堪らない。きっと立ち直れない。
 相反する二つの意識を必死になだめすかす日々。磨耗した精神に京楽のあの言葉は暴力だった。
 乱暴に口づけながら、七緒は挑むような視線で、京楽を誘った。

 そして京楽は――…一瞬の逡巡を捨て七緒の意に乗った。

 








「お待たせ。ごめんね。つい長湯しちゃった」

 意識が急激に引き戻される。

「お風呂に、お酒に、おぼろ月、長湯しちゃったのも仕方ないでしょ?ちょっとのぼせちゃったけどさ」

 上気した顔に濡れた髪。ポカポカとした表情で語る京楽を無視して、七緒は眼鏡を外して畳に置いて立ち上がる。
 素早く京楽に近づいて初めての時と同じようにキスをする。
 攻撃的で獰猛な口づけ。
 およそ普段の七緒から思いつかない。
 積極的だね。微笑んで京楽は七緒の背中に手を回して髪を解く。
 ぱさり流れる髪の感触を楽しむように、何度も髪をすく。
 一方の手は背中から下肢のラインをゆっくりと満遍なくなぞる。
 自分から仕掛けた口づけに息がつまり、ごつごつした手から施されるしびれに唇を放して甘い吐息をもらす。
 すかさず今度は相手が主導権を握って、口を寄せてくる。
 柔らかく、啄むように幾度も繰り返す。
 交わる瞳は潤んでいて、それは情欲のためというよりも、哀しみのせいだという気がした。
 それを見ているのが嫌で、七緒は膝をついた




 貴方なら止めると思っていたのに。
 じゃれついて来た猫を宥めるように、引き離して、苦笑して「駄目だよ」と私の想いにとどめをさしてくれると思っていた。

 私を抱いてしまったのは何故ですか。これまで貴方がしてきた無体な仕打ちの償罪ですか。報われることの無い私への同情ですか。哀れみですか。

 でも、本当に哀れなのは貴方の方だ。
 
 貴方が私を、気に入ってくれている。それすら悲劇。貴方は私に手酷く拒否することが出来ない。
 貴方に抱かれながらいつも私は泣きたくなる。
 壊れ物を扱うようなその抱き方。
 それは貴方と私が抱いている好意の種類が違うことを、嫌と言うほど教えてくれる。
 
 お互いのすれ違いの好意が、有刺鉄線となって二人の精神に絡んで傷つける。私は本望で、貴方は優しさで捕らわれてくれている。それがつらくて嬉しい、嬉しくて、つらい。

 





 見なくてもわかる。
 自分の項に、京楽は痛ましいとでもいいたげな表情が刺さっている。
 腹が立つ。ふざけるな。自尊心が音を立てて燃え上がる。しかしその心の内実は、その通り私は惨めだと泣いている。


 貴方が悪い。
 私は知っていた。人が思うより自分の胸にある其れは、小さくて、脆くて、倒れやすくて、とてもたくさんの水なんて受け止められる器ではない。
 だからずっと気をつけていたのに。なるべく、人を、好きにならないように。
 これ以上自分が愚かしい女にならないように。
 誰も私の浅ましい本性なんて知られないように、ずっと纏っていた鎧を貴方は日々の戯言で剥いでしまった。
『好きだよ七緒ちゃん』
 その言葉に一グラムの重さも無かったのに。私はその言葉に、貴方がかまってくれる日常に毒されてしまった。
 身勝手な嫉妬、独りよがりな苛立ち、何も持っていないくせに有りもしない権利を振りかざす、厚顔無恥な女に私は成り下がってしまった。

 貴方が悪い。私はもっと悪い。貴方は愚かだ。私はさらに愚かだ。貴方は汚い。私はずっとずっと汚い。




 口に欲望を吐き出される感触はまだ慣れないが、吐き出されたものを胸からとりだした懐紙に捨てることには慣れた。
 苦味が充満する口腔を京楽に絡ませる。
 長い接吻。吐息を絡ませ、どちらからともなく顔を放す。

「…布団ひこうよ」
「結構です」
「明かりは?」
「このままで」

 京楽が驚いている。無理もない。闇の中以外の行為はこれが初めてだ。


 七緒は首筋に顔を埋めながら、上司の浴衣を取り払う。京楽は瞬間何故か困ったように眉を寄せたが、副官の浴衣を手慣れた仕草で脱がしていく。

 首筋から胸板へ、舌を移動させながら、七緒はすっと目を細める。

 終わりなら見えている。
 私がこの有刺鉄線の中で息耐えるか。堪らなくなった私が他隊に行くことを申しでるか。それとも疲れた貴方が私を他隊に飛ばすか。



それまで




貴方が私に悪夢のように心地よい愛撫をくれるように、


私も嫌という程、「貴方を愛している。」と伝えるように、貴方を抱くだけです。








end